DXを担うデザイナーに今必要なこと
はじめまして。Fjord TokyoでInteraction Design Leadをしている冨金原(ふきんばら)と申します。
僭越ながら、2021年9月18日に開催された日本最大級のデザインカンファレンス「Designship 2021」のOpen Sessionにて、「DX」においてデザインが担うべき役割というテーマで、NTTコミュニケーションズの武田さん、伊藤忠テクノソリューションズの神原さんと共に登壇させていただきました。
本記事では、Open Sessionでお話しさせていただいた内容を、Open Sessionでは時間の都合上語りきれなかったことも交えてご紹介します。
DXにはデザイナーが必要不可欠
みなさんは「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と聞いてどのようなことをイメージするでしょうか?
DXをそのまま直訳すると「デジタル変革」という意味だということもあり、デジタル技術による変革というテクノロジー中心の取り組みを想像しがちではないでしょうか。しかし、DXにおいてデジタル技術を利用することは、あくまで企業の経営課題を解決するための「手段」であり「目的」ではありません。
私が考えるDXの目的は「デジタル技術を活用することで、企業のビジネス・組織を変革し、企業の先にいる生活者の体験をより良くすること」です。
そのためDXのプロジェクトでは、企業が今本当に解決すべき課題を定義した上で、いかに企業の先にいる生活者にも付加価値を与えていくのか、そしてそれをどのようなデジタル技術で実現するのかという「ビジネス×デザイン×テクノロジー」の掛け合わせが極めて重要です。その為、その「戦略」から「実行」までを一気通貫で担うことができるデザイナーが必要不可欠な存在になっています。
ここからはOpen Sessionでの実際のトークテーマに沿って、私がデザイナーとしてDXを推進する際に担っている主な「役割」や、その役割を達成するために必要だと感じている「能力」についてご紹介します。
※以降の内容は、あくまで私の実体験に基づく内容になるため、同じFjordのデザイナーでも職種やプロジェクトの内容によって関わり方に差がある点をご了承ください。
DXにおけるデザイナーの役割
デザインの力で経営層を動かす
DXを実現するためには、企業理念や経営課題、生活者のマインドセット、その背景にある社会潮流等から逆算してプロジェクトを立ち上げることが重要です。なぜなら、それらに紐付いていないDXのプロジェクトは、仮にどんなに素晴らしい理想像を描いても、経営層の理解を得て予算や人員を確保し前に進めることができないからです。
その為DXを推進していくプロジェクトにおいて、私がデザイナーとして最初に担う役割は主に、
(1)企業の本質的な経営課題を解決するための戦略やサービスの価値を定義する「プランニング」
(2)デザインの力でそれを具現化することで、関係者間の共通認識を醸成しながら、最終的に経営層を動かす「プレゼンテーション」
の2つです。
(1)のプランニングでは、アクセンチュアのコンサルタントと共に、この企業の経営がどうあるべきなのか、企業の先にいる生活者にどのような体験・付加価値を与えていくべきなのか、といったビジョンを描きます。デザイナーがプロジェクトの最上流から参画することで、机上で戦略を描くだけでなく、それをどのような体験価値に昇華させて企業の先にいる生活者に届けていくのかを具体的に描けるようになります。
DXにおいて、このプランニングのフェーズは極めて重要であり、ここで最終的な成果の半分以上が決まるといっても過言ではありません。なぜなら、ここで定義した課題や価値の質によって、最終的に生み出せるインパクトの上限がある程度決まってしまうからです。
(2)のプレゼンテーションでは、デザインの力で具現化されたビジョンやプロダクトの可能性を、動画やプロトタイプ等を用いながら、経営層やステークホルダーの方々に手触り感のある形で実感してもらいます。これにより、必ずしも直近のROIだけでは決裁が難しいチャレンジングなプロジェクトも前に進められるようになることが少なくありません。「百聞は一見に如かず」と言いますが、従来の提案資料にはないデザインの力を実感する瞬間です。
我々Fjordのミッションは、デザインの力で人々の生活体験をより良くし、継続的な企業価値向上を実現することです。これを実現するためにまず初めにやらないといけないことは、デザインの力で意思決定権を持つ企業の経営層の「心」を動かすことなのです。
デザインをコミュニケーションのハブにする
経営層の理解を得てプロジェクトが立ち上がり、サービスの具体化のフェーズに入ると、我々のデザインをコミュニケーションのハブにしながら、デザイナー自らが先頭にたって、デザイン要件/機能要件を固めていきます。
かつては、デザイナーとは異なる企画の担当者が机上で要件定義したものを最後に形にするというのが、デザイナーに求められがちな役割でした。しかし、現在では、デザイナー自らがプロジェクトの最上流から関わり、デザイン論点を議論するための資料作成はもちろんのこと、プロトタイプやオンラインホワイトボード等も駆使しながら、各ステークホルダーと議論を重ねてサービスの要件を固めていくのが当たり前になっています。
この役割はDX推進プロジェクトにおいて更にその重要性が高まります。なぜなら、デザイナーとしてDXを成功に導くには、不確実性をいかにすばやく検証し続けられるかが大切だからです。
そのため、このフェーズでのデザインはあくまで意思決定とコミュニケーションの手段というマインドを強く持ち、一定の不確実性がある中でも傾聴力と想像力をフルに働かせながら、議論のたたき台としてのデザインを迅速に作成していく能動的な姿勢が求められます。
従来のウォーターフォール開発のように「要件が決まらないと作れない」では作業者のような働き方になってしまい、デザイナーとしての本来の価値を発揮することができません。
実際に、デザインがない机上で議論するよりも、デザインを中心に議論したほうが遥かに効率的にコミュニケーションが行えることも多いため、プロジェクトの序盤ではデザインを「単に見た目を整える表層的なもの」と捉えていた方々も、プロジェクトが進むにつれて「コミュニケーションのハブとしてのデザインの価値」を強く実感してくださり、デザインに対しての考え方を変えていただけることも多いです。
このようにデザインをコミュニケーションのハブすることで、我々デザイナーの役割そのものも「誰かが描いた設計図を形にする役割」から「自らが設計図を描いてプロジェクトを推進していく役割」に変えていくことができるのです。
デザイナーに求められる能力
デザインの良し悪しはコミュニケーションで決まる
ステークホルダーにデザインの意図を伝える力は、デザイナーにとって最も重要なスキルの一つです。なぜなら、一般的に、様々なステークホルダーが出席する会議などで最終的に意見を通せるのは、その中で自分の意図を最も論理的かつ効果的にプレゼンテーションできる人だからです。
一般的にデザイナーというと制作にフォーカスが当てられがちですが、仮にどんなに良いものを制作していても、意思決定権を持つステークホルダーからの支持が得られなければ、それを世に出すことはできません。デザインは作って終わりではなく、それを周りに効果的にプレゼンテーションして価値を正しく理解してもらった上で初めて実現できるものなのです。
特にDXのプロジェクトを推進する上で我々が相対するステークホルダーの方々は基本的にデザインの専門家ではない非デザイナーの方々であり、各ステークホルダーの優先事項も多岐にわたります。
そんな非デザイナーのステークホルダーの方々に、我々の提案やデザインの価値を理解していただくためには、デザイナーの言葉を相手が理解・共感できる言葉に翻訳しながら論理的に言語化していくことが非常に重要です。
ちなみに私は制作のようなクラフトワークが重要ではないと言っているわけではありません。プロのデザイナーとして高品質な制作を行うことは大前提であり、私自身クラフトワークにはプライドを持って取り組んでいます。
しかし、デザイナーとしてのクラフトスキルには、プロとして一定のレベルを超えると非デザイナーの方々にその違いを実感してもらうことが徐々に難しくなっていくという側面があります。品質の差を定量的に評価することが難しいため、我々デザイナーから見ると大きな差が、非デザイナーから見れば小さな差だったりするのです。
一方で、コミュニケーションスキルは全てのビジネスパーソンに必須であり、その良し悪しは誰の目にも明らかです。 仮にデザイナーがどんなに素晴らしいものを提案しても、最終的に提供できるデザインの良し悪しは、非デザイナーとのコミュニケーションの良し悪しで決まります。
ビジネスとは結局のところ「人」と「人」とが行うものなので、我々もデザイナーである前に一人のビジネスパーソンであるという意識を強く持ち、「人」に強くなることが大切なのです。
コラボレーションのために越境する
DXを実現するためには、デザイナーとは異なる様々な領域の専門家とうまくコラボレーションしながら共創していくことが必要です。デザインに価値があることは間違いないですが、デザイナーだけで提供できる価値には限界があるからです。そして、共創関係を築く為に重要になるのが、デザイナーとして相手の専門領域に「越境」することです。
私の経験上、相手の専門領域に関する知識が全くない状態だと、まず相手との会話が成立しません。相手が何を話しているのか、相手が普段どのように仕事を進めているのか、相手の正義が何なのか…等、コミュニケーションをする上で必要な情報がわからず、コラボレーション以前の問題です。
そのため、デザイナーとしての専門性を高めることは言うまでもなく重要ですが、DXのように他領域の専門家との共創が求められる仕事においては、他領域の専門家と対等に議論できるレベルの知識を身につけることが非常に重要です。
一方で、一つの専門性を極めるだけでも大変なのに、他領域に越境する余裕を持てない方が多いこともまた理解できます。特にキャリアの浅い若い方に関しては、まずは自分の軸となる専門性を確立することが最優先でしょう。自分の軸が定まらない状態では、全てが中途半端になってしまうからです。しかし、既にプロとして十分に食べていけるだけの専門性を身につけている方に関しては、積極的に越境すべきだと感じています。
具体的な越境方法として私がおすすめするシンプルな方法は、とにかくまずはビジネスやシステムのような他領域の専門家と密に働ける環境に身を置くことです。座学ももちろん大事ですが、座学だけでは現場で使える実践的な学びが得づらく、モチベーションの維持も困難なため、個人的にはこれが最も効率の良い方法だと思います。
そういった環境に身を置くと、はじめは越境などできていないので、他領域の専門家と働く中で自分の力不足を痛感し、時にはすれ違いや衝突もおこるでしょう。しかし、その度に自分に足りていなかったところを座学や質問で必死にキャッチアップしていくことで、自然と知識が身についていき、徐々にコラボレーションもうまくできるようになっていきます。私はこれを「逆算型の越境」と勝手に呼んでいます。
私が現場で働く中で、デザイナーとして非デザイナーの方々から信頼を獲得できたと感じる瞬間は、相手の専門領域に対する理解や知見を感じてもらえたときです。デザイナーとして、自分の専門であるデザインで価値を出すことはある意味当たり前であり、相手も当然それを期待しています。しかし、デザイナーでありながら「クライアントのビジネスを語れる」「エンジニアリングに理解がある」というようなデザインの枠を超えた越境は、相手の期待値を超えた付加価値になります。
これはデザイナーが「デザインに理解がある人とは仕事がしやすい」と感じるのと同じです。誰もが自分の専門領域に対する理解を感じると嬉しくなり、そういう人と一緒に働きたいと感じるものです。そして、こういった自分の専門外のことにまで興味を持って学ぶ姿勢そのものが、一緒に働く人々の心を動かし、コラボレーションに必要な信頼関係構築につながるのです。
「守りのDX」と「攻めのDX」を両輪で進める
DXを成功させるには様々な部門の現場の方々と継続的に共創していくことが欠かせません。
やっとの思いでDXを実行しても成果が出るまでには必ずタイムラグがあるため、「作って終わり」ではなく、むしろ「作ってからがはじまり」という意識が社内全体に必要です。
しかし実際には、DXに対するモチベーションも人によって異なるのが現実です。一部の人がDXを推進しようとしても、通常業務の忙しさから現場での優先順位が下げられてしまい、必ずしも全社の取り組みにできていないケースが少なくないと感じています。特にプロジェクトの規模が大きくなると、巻き込まないといけない関係者が増え、社内調整の難易度も格段に上がります。
このような場合には、まずコスト削減や業務効率化等の成果が見えやすい「守りのDX」を小さく始めてみることが有効です。DXというと新規事業や新規サービスを生み出すような「攻めのDX」が脚光を浴びがちですが、これからDXに踏み出すような企業からすると、成功するかどうかわからない(むしろ失敗する可能性の方が高い)チャレンジに、いきなり大量の資金やリソースを投下するのは容易なことではありません。そこでどんなに小さなプロジェクトでも良いので社内でDXの成功事例を作り共有することで、少しずつ社内でのDXに対する熱量を上げていくのです。
「守りのDX」で成果が出ると、そこで浮いたコストを「攻めのDX」に投下していき、徐々に「守り」から「攻め」にシフトしていくような好循環を生むことも可能となります。
「守りのDX」はあくまで連続的な価値創造なので、短期的には効果が実感しやすい一方で、企業のビジネスや組織を根本から変革したり、企業の先にいる生活者の体験を刷新したりするような非連続的な価値創造はなかなかできません。そのため、初めの第一歩としては「守りのDX」に着手しつつも、社内の熱量が上がってきたところでいかに「攻めのDX」にチャレンジするかが重要です。
実際に私が担当する地方銀行の案件では、この「守りのDX」と「攻めのDX」を両輪で進めたことで、今では「DX」が全社的な取り組みとして中期経営計画のような経営アジェンダにも組み込まれるようになりました。
DXのプロジェクトにおいて、デザイナーは生活者視点を持つ最後の砦ですが、生活者視点だけでは社内の熱量を上げて全員で一丸となってDXを推進することはできません。今DXを担うデザイナーには、「生活者」だけではなく目の前の「企業」にも寄り添いながら、「守りのDX」と「攻めのDX」による「改善」と「革新」の双方を実現していくことが求められているのです。
デザイナーの未来は明るい
いかがだったでしょうか?
いずれも私がDXプロジェクトの現場で痛感していることなので、一つでも読者の皆さんの参考になるポイントがあれば幸いです。
今回偶然にもこのような素晴らしいイベントで他社の方々と登壇する機会をいただき、個人的にも刺激や学びが多く、非常に良い経験となりました。改めて、一緒に登壇させていただいた皆さま、Designship運営の皆さま、登壇準備のサポートをしてくれたFjord Tokyoの皆さん、本当にありがとうございました。
最後に、私が今回の登壇で「一番伝えたかったこと」について書いて終わりたいと思います。
私が日々DXのプロジェクトを推進していて強く感じているのが「デザイナーの未来は非常に明るい」ということです。繰り返しになりますが、企業がDXを推進する上で、デザイナーの存在はもはや必要不可欠になっています。そして幸いにも、最近ではデザインの価値そのものが世の中に随分と浸透し、デザイナーの担当領域も従来では考えられないくらいに広がっています。
例えば一昔前では、一人のデザイナーが日本を代表する企業の経営層の方々に直接何かを提案できるような機会はほとんど存在しなかったと思いますが、Fjordが参画するプロジェクトでは今やそれが当たり前の光景になっています。むしろ企業の経営層とは異なる視点・角度から提案を行える部分に、従来の提案にはないデザイナーならではの付加価値があると感じています。
そして、デザインの力で企業の経営層を動かせるということは、間接的に世の中を動かしていくことにもつながります。私は「戦略」から「実行」まで一気通貫で担える組織の中のデザイナーとして、こういったエキサイティングな環境に非常にやりがいを感じています。
現場は非常に泥臭く大変なことばかりですが、今回のトークテーマにもなった「DX」のようなデザイナーだけでは絶対に実現できない領域にこそ、我々デザイナーの未来が詰まっているのではないでしょうか。
従来のデザイナーの領域を超えて、様々な専門家と共創しながら企業の経営層を動かすようなエキサイティングな仕事に興味をお持ちの方は、是非Fjord Tokyoにお越しください。
筆者プロフィール
冨金原 聡太 - Fukinbara, Sota
Interaction Design Lead
2012年新卒でアクセンチュアに入社。ソフトウェアエンジニアとしてシステム開発を経験後、アクセンチュア初となるExperience Design専門チーム立ち上げに参画し、UI/UXデザイナーへキャリアチェンジ。デザイナー転身後は主に金融業界の新規デジタルサービス立ち上げに従事。ビジネスとシステムの架け橋として、企画構想フェーズからサービス構築フェーズまで一気通貫で担当。2019年Fjord Tokyo立ち上げを機にFjordに異動し現職。 CX Asia Excellence Award / グッドデザイン賞など受賞。
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