150年の歴史を変えるデザインと金融体験
Fjord Tokyo、Visual Design Director/Design Directorの柳(ゆう)です。
先日、2021年10月23~24日に開催された日本最大級のデザインカンファレンス「Designship 2021」にてSponsor Sessionの枠で登壇させていただきました。(動画はこちら)
当日話したことを振り返りながら、語りきれなかったディティールの部分も含めて、次世代のサービスをつくるためのヒントを持って帰ってもらうことを目的に、こちらで紹介させていただきます。
金融業界とイノベーション実現の難しさ
あらゆる業界でイノベーティブな取り組みが起こっていても、金融業界では本格的なビジネス&体験のシフトはまだまだされていません。本来、ヒトが生活していく上で一生関わりがあるといっていい“お金”を扱う体験は、常に最先端であり、他業界が模範とする対象となっていて良いはずですが、現状は難しい状況にありました。
金融取引は、銀行来店による「対面」(店舗)から、インターネットバンキングによる「非対面」(オンライン)に急速にシフトしている中で、新型コロナウイルス感染症による行動様式の変化も相まってその傾向は更に加速。にもかかわらず、銀行の提供する金融サービスは法規制や従来のシステムにより足踏みしており、デジタル時代における生活者の態度変容の速度においつかないため、提供サービスのレベルと生活者ニーズの間のギャップがますます大きくなっていました。
金融業界が足踏みしている中、近年ではその金融領域のギャップに挑戦するディスラプター(非金融事業者含む)の参入も急速に進展しており、いよいよ“銀行”はそのあり方を問われていました。
今年サービス提供が開始された「みんなの銀行」は、次代に向けた新しいカタチの銀行です。日本において約150年の歴史がある銀行のあり方と金融体験を、どのような視点とデザインアプローチで新しく変えていったのか?その取り組みを紹介していきます。
ワンチームを形成する「マインドデザイン」
みんなの銀行は、ふくおかフィナンシャルグループのみなさまを中心に、Fjord Tokyoとアクセンチュアがご支援させていただく形で、今年5月に設立しました。
この銀行はブランドデザインやアプリの完成度から、デザイナーが中心になって作ったと思われがちです。しかし実際は、デザイナーだけでなく、金融業界の専門家、テクノロジーのチーム、そして現場を知る百戦錬磨の銀行員など様々なスペシャリストがひとつになって、デザインに取り組んでいます。
様々な職種のメンバーが入り混じりデザインにのぞむと、往々にして力を合わせることが難しくなりがちです。しかし今回のプロジェクトでは、皆が共通のマインドセットを持ち、ワンチーム化することで、デザイン開発が進んでいったのかなと思っています。
そのマインドセットというのが、「“銀行らしさ”からの脱却」です。引用符で強調した“銀行らしさ”には、「我々が今から作るのは銀行に他ならない、でも、それは“今まで知っているような銀行ではない”」という意味を込めています。
このマインドセットは様々な検討フローでみんなの指針となっています。例えば、「このビジュアルは銀行っぽくない?」とか「その体験は流石にやりすぎじゃない?」というように、すべてのプレイヤーが同じ目線でフィールドに立つことができる状態を作ります。
プロダクト開発の過程では、そのものがどうであるかに集中しがちで、個別の解釈で思い思いにプレイヤーが走り回り、すれ違いや衝突が起こることが多々あります。
しかし今回のように、メンバーのマインドセットから最初にデザインしていくことで、みんなでデザインできるワンチームの環境が整うのではないかと思います。
越境した視点から構築する「マルチアングルデザイン」
みんなの銀行はその名の通り、みんなのために徹底的な顧客視点で体験作りに向き合っています。
我々の指す「みんな」というのは、文字通り「すべてのひと」ですが、とりわけデジタルネイティブ世代を中心にしています。デジタルネイティブ世代というとZ世代からミレニアル世代までをカバーした世代ですが、特に若い年代、生まれながらにしてデジタルデバイスに慣れ親しむような世代にフォーカスしています。
しかし残念なことに、リサーチフェーズでは、彼らの大半が銀行に興味関心がない状態、またはお金に対して忌避感を持っていることが判明しました。つまりお金のことが苦手である、難しそうで考えたくないという状態です。
そんな中で彼らのユーザー化を狙うわけですが、金融体験を中心に顧客のインサイトやジャーニーを割り出していく通常の方法では金融に興味がある層のユーザー化は見込めても、デジタルネイティブ世代の多くに興味を持ってもらえません。
そこで、金融から離れた目線からアプローチすることで、興味関心がない層までしっかりと向き合っていくことを目指します。
例えば、彼らが好むファッションやアート。例えば、彼らが住まうソーシャルメディア。彼らの興味関心、生活スタイルや特性を金融サービスと掛け算していくアプローチをとりました。実際にどのようなデザインが設計されていったのか紹介していきます。
生活者に愛される「ブランドデザイン」
※ここでは主にビジュアル面のブランドを指します。
ブランドデザインの狙いは、ファッションやインテリアと同じように、生活者に愛される存在になることです。実利だけでなく、「この銀行に自分の口座がほしい!」と感じてもらえる存在になることです。
デジタルネイティブ世代の多くは、ミニマルな生活に心地よさを感じ、色を激しく使わないモノトーンなインテリアをおしゃれと感じる傾向があります。
さらに、その感覚はファッションにも浸透しており、モノトーンでまとめた、シンプルなファッションが定番化している傾向もあります。実際にDesignshipの登壇者の服装を見ても、基本的にモノトーンにまとまってるはずです(笑。
これをヒントに、みんなの銀行の方向性を思い切って白と黒のモノトーンの配色に舵を切ることに決めます。
その結果、色が溢れる街中やデジタル上でも一際目立つモノトーンのカラーリングが生まれました。赤や緑、青といった原色がひしめき合う金融業界でも、飛び抜けた印象をつくることを狙っています。
さらにデジタルネイティブ世代は、コミックや2D表現、アートが好きな世代でもあります。それをヒントに、具体的な写真で体験をイメージさせるのではなく、受け手の想像力で世界観を思い浮かべてもらう余白をイラストで表現しました。
このイラストによって、金融は難しいと思わせることなく、カジュアルで楽しい世界観を演出することが可能になりました。
例えば、みんなの銀行のアプリのホーム画面はこちらです。一般的には様々な金融サービスの勧誘バナーや文字情報になってしまいがちですが、自分の生活を映しているような、もしくはインスタグラムで誰かの生活をのぞくような、そんなエモーショナルな場面を描き、「この銀行はあなたに寄り添っているんだよ」というメッセージを第一に感じられる設計になっています。
もちろん、デジタルネイティブとうたわれている世代ですから、コミュニケーションもデジタルを中心に構築していきます。
インスタグラムやTwitterを中心に、マス広告を一切使うことなく、デジタルネイティブ世代とコネクトしてくようなコミュニケーションを狙っています。
くわえて、デジタルネイティブと言われていますが、彼らはオールデジタライズされているわけではなく、それぞれが独自の趣味を持ち、カルチャーも非常に大事にする世代です。
そこで、金融を超えた世界観を提供することを目指し、グッズ制作などを通してターゲットの文化や生活に入り込むことも狙っています。
イラストを手掛けてくださったイラストレーターのセトヒロアキさんには、実際にそのアプローチの一貫としてウォールアートを描いてもらいました。
※みんなの銀行のブランドデザイン、イラストについては下記の記事をご覧ください。
みんなの手に馴染む「エクスペリエンスデザイン」
今回のプロジェクトで最もハードルが高かったのが、エクスペリエンスデザインだと言えます。いかに体験をデザインし、普段慣れ親しんでいるゲームや、最先端のサービスと同様のレベルで手に馴染む体験を提供できるかがキーでした。
私たちが目をつけたのは、デジタルネイティブ世代がもっとも多くの時間を過ごす、ソーシャルメディアの体験と使い心地です。
我々はそれらをひっくるめて、「フリクションレスな体験」と称しています。フリクションというのはつまり摩擦、ターゲットとなるユーザーのリテラシーに対して、操作性や提供サービスがおいついてない場合に発生するストレスを指します。これまでの金融体験には沢山のフリクションが存在しますが、その部分を徹底的に変えていきました。
まず、みんなの銀行はすべてがスマートフォンだけで完結する銀行です。紙の書類というものを提出する必要がない、もちろん、ハンコもいらない。もしかしたら、カフェでランチを待ってる間に口座開設ができてしまうようなスピード感の体験を提供しています。店舗に行く、書類を書く、そんなフリクションはもうありません。
以下にいくつか機能をピックアップして紹介していきます。
「ウォレット」はメインの預金口座を指します。必要なお金だけを入れてお財布のように使ってもらうことを想定していて、スマホだけで振込・コンビニでのATM入出金・デビットカード支払いができます。お財布や銀行のカードを持って歩くようなフリクションはもうありません。
そして最も便利な機能とも言える「ボックス」。いわゆる貯蓄口座ですが、なんとドラッグ&ドロップで簡単にお金を仕分けることができます。必要があれば、500円貯金から車を買うための貯金まで、いくつもボックスをつくってお金の管理ができる。貯蓄用の口座を作ったり、銀行によって使い分けをしたり、そんなフリクションはもうありません。
「カバー」は当座貸越機能で、あらかじめプレミアムサービスに入っていれば、急な出費や支払いがあっても、最大5万円まで自動で立替えてくれます。利息もかからず、口座にお金を入れれば自動的に返済されます。お金がないときに友達や親に頭を下げたりするフリクションはもうありません。
ここに紹介したサービスはごく一部ですが、金融機能の呼び名を変えることでサービスへの入りやすさを設計し、その体験やUIの使いやすさをソーシャルメディアをヒントに構築しています。
みんなの銀行のプロダクトデザインについては、みんなの銀行のnoteで詳しく説明されています。
顧客と目線を合わせた「エンゲージメントデザイン」
みんなの銀行はその名の通り、「みんな」のための仕組みを設計しています。
例えば「みんなでつくるみんなの銀行プロジェクト」は、サービスを使っていただくお客さまの声をヒントに、新しい銀行づくりを実現するプロジェクトです。
お客さまがお金について思うこと、悩んでいることをメールやソーシャルメディアを中心に収集し、みんなの銀行が一緒に考え、課題と向き合うことで、新しい金融のカタチを実現していきます。
「みんなのCheer Box」という取り組みでは、先ほど紹介したボックスという機能を使い、特定の名前をつけたボックスをつくり、そのボックスでお金を貯めるだけで、貯めた額に応じてみんなの銀行が支援するプロスポーツチームに活動資金を送るという、ファンとチームを繋ぐ新しい仕組みを実現しています。
現在はeスポーツチームの「FOR7」、「芝刈り機(CoDM部門)」と北島康介氏が率いるプロ競泳チーム「Tokyo Frog Kings(東京フロッグキングス)」のスポンサーとしてCheer Boxの仕組みが実装されています。
次代のサービスをつくるポイントとクオリティ維持
語り出すとキリがない挑戦ばかりですが、みんなの銀行は日本で約150年の歴史がある“銀行”という定義を、業界に閉じないアプローチによって、ひたすら顧客視点で進化させていっています。そのひとつひとつの丁寧な努力が、次の世代に多く受け入れられ、次代の銀行の姿として受け入れられている要因だと感じています。
みんなの銀行の今後にご期待ください!
最後に、意思をもって社会実装されたみんなの銀行ですが、そのクオリティを維持するためのポイントをシェアしたいと思います。
もちろん、デザイン原則からガイドライン、デザインシステムまで、プロダクト開発における基本的なルール管理はしていますが、そういったドキュメンテーションワークによらないポイントがあります。
そのひとつが、「“事情”には腰を据えて向き合う」です。“事情”、といえば皆さん察してくれると思います笑。プロジェクトには幾つもの“事情”が存在します。そしてその幾つかは何とも受け入れがたいモノであったりもします。
ここではネガティブな具体例は挙げませんが、例えばみんなの銀行では「銀行法」という法律とのせめぎ合いがありました。表現、説明、注釈など、様々な部分で幾度となく壁にぶちあたりましたが、そのたびワンチームで、時にぶつかることもありながら、デジタルネイティブのためにと答えを探し続ける日々であったように思います。それによって、スケジュールやコストに影響があったのは否めませんが、最終的に最善手を打ち続けることができたのは、腰を据えて“事情”と向き合ったことが要因だと言えます。
プロダクト開発では、チームが活性化して慣れてくると、途端にコミュニケーションが薄れます。メリットももちろんあるんですが、コミュニケーションが薄れると、各々が勝手な解釈で走り始めます。その結果、いくら共通のマインドセットがあろうとも、ルールが設計されていようとも、すれ違いが生まれてミスや問題が発生してしまいます。日々のチェックインや、細かな確認、毎週のラップアップなど、同じ場所に集まれなくても、オンラインで定期的にコミュニケーションを重ねて、チーム間のマインド統一を図っておくのは重要でした。
そして最後にグラフィックデザイナー、ポール・ランドの言葉「Don’t try to be original, just try to be good.」という言葉を引用します。
次代のサービス・プロダクトをつくろうと意気込むと、最新のテクノロジーやまだ見ぬアプローチを求めがちです。しかしその結果、顧客の意識とズレがあるものを生んでしまう。
大事なのは、「使ってもらう顧客のために良いモノを届ける」という純粋なマインドと努力です。みんなの銀行もそうでしたが、それが次代のサービスをつくりあげるポイントなんだと信じています。
そして日本のサービス・プロダクト開発には圧倒的にこの視点が足りないと思っています。我々デザイナー、もしくはクライアントサイドでそのことに気付いているのであれば、社会を、日本をより良い方向へ導くカギはこの言葉にあると思いますので、気概を持って日々の仕事にのぞむべきかと思っています。
強めの言葉を使っていますが、まだまだ私も未熟ですので、一緒にがんばっていきましょう!
Designship登壇を終えて
最後までお読みいただき、ありがとうございました。そして実際にプレゼンを見てくれた方もありがとうございました。
Designshipは、日本でも有数のデザインに関するカンファレンスです。そんな場で、みんなの銀行のことを紹介できたこと、Fjord Tokyoの取り組みを話せたことを嬉しく思っています。
個人的にはもっと伝えたいことがごまんとあったんですが、15分では伝えきれず…。ハイライト的なプレゼンテーションとなっています。
ですが、このプレゼンをキッカケにみんなの銀行について調べてくれたり、ダウンロードしてくれたりした人がいれば幸いですし、Fjord Tokyoに興味を持ってくれた人がいたなら、仕事はできたかな?と思っています。
最後の最後に、アーカイブ見れる方は僕がプレゼン中に何回髪の毛触ってるか数えてみてください。返しのモニターに映る自分の前髪の割れを無限に気にしながらプレゼンしております。
ナルシストかよ……。
ではまた!
著者プロフィール
柳 太漢(ゆう てはん)
Visual Design Director / Design Director
日本生まれの韓国人。これまでアートディレクターとしてブランディングやデジタルプロダクトの仕事に従事。2017年より、アクセンチュア インタラクティブに参画、現在はFjord Tokyoにて領域と固定概念に囚われない視覚的アプローチ主軸に、様々な事業・企業変革を支援。主な受賞歴に支援プロジェクトみんなの銀行の日本の企業・団体として初となるRed Dot Design Award 2021: Brand of the Yearをはじめ、これまでにGood Design Award Best 100、文化庁メディア芸術祭優秀賞などを受賞。
Fjord Tokyo公式Twitterアカウント: @Fjord_Tokyo
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