「ターゲット=全員」への取り組み方とは
みなさん、こんにちは。
Accenture SongでインタラクションデザインとUIデザインの領域をリードしている冨金原(ふきんばら)と申します。
僭越ながら、2023年10月1日に開催された日本最大級のデザインカンファレンス「Designship 2023」のMeetupイベントにて、私が2018年1月からデザイナーとして参画している伊予銀行様とのインクルーシブな取り組みについて、5分間のライトニングトーク形式でお話させていただきました。
本記事では、ライトニングトークでお話した内容をベースに、ライトニングトークでは時間の都合上語りきれなかったことも交えて、ご紹介できればと思います。
「ターゲット=地域のお客さま全員」への挑戦
伊予銀行は愛媛県松山市に本店を構え、創業から140年以上の歴史がある愛媛県最大の地方銀行です。(地元では「いよぎん」という愛称で親しまれています。)
2017年、金融庁より「地方銀行の半数は生き残れない」との見解が示されたように、人口減少や低金利でいずれの地方銀行も厳しいビジネス環境にある中で、伊予銀行はビジネスモデルそのものの変革を迫られていました。
そんな中、伊予銀行が新たに掲げたのが、「デジタルの力」と地銀ならではの「人の力」を組み合わせた「Digital-Human-Digital Bank(通称DHD Bank)」というビジネスモデルです。
デジタルによる生産性向上を背景に、人はより地域の課題解決や付加価値向上にフォーカスしていく、地域密着を志向する地方銀行ならでは新たな挑戦でした。
2017年にこのDHDコンセプトを提唱して以降、伊予銀行とアクセンチュアは過去6年間で従来の延長線上にはない様々なデジタルサービスを世に出し、「2019年度グッドデザイン賞」「2023年度グッドデザイン賞」も受賞しています。(DHD Bankの取り組み詳細についてはこちらをご覧ください。)
この取り組みの中で難しかったことの1つが、伝統的な地方銀行だからこそ「ターゲットが地域のお客さま全員」だったということです。
我々のようなデジタルネイティブ世代はもちろんのこと、例えば、スマホに不慣れな高齢の方や、銀行の店舗がない過疎地域にお住まいの方にも配慮された「人に優しいデザイン」を実現する必要がありました。
そんなインクルーシブなデザインを実現したものの1つが、伊予銀行の「AGENT」というサービスです。
このアプリでは、従来のバンキング機能にビデオ通話機能を組み込み、店頭と同等の温かみのある顧客体験をアプリ上でも実現することを目指しました。
店舗に来店する感覚で必要な銀行手続きだけを簡単に済ませたいお客さまには、煩わしいアカウント登録をすることなく手続き可能にし、スマホでの入力操作が難しい高齢のお客さまには、ビデオ通話で行員さんとお話するだけで行員さんがほぼ全ての入力を代行してくれるようにするなど、従来は排除されてきた「非デジタル層」のお客さまにも配慮された銀行体験を実現したのです。
インクルーシブな「デザイン」は、インクルーシブな「プロセス」から生まれる
では、このようなインクルーシブなデザインは、一体どのように生み出されたのでしょうか。
「ターゲット=全員」というこのプロジェクトにおいて、我々がこのようなインクルーシブなデザインを生み出せた理由は、最終的な「デザイン」に至るまでのプロジェクトの「プロセス」そのものがインクルーシブであったからに他なりません。
ここからは伝統的な地方銀行の中でデザイナーとしていかにしてインクルーシブな「プロセス」を実現したのか、3つのポイントについてお話します。
Point 01 「みんなでデザイン」する
まずポイント1つ目が、「みんなでデザイン」するということです。
このプロジェクトでは、我々デザイナーのアウトプットをコミュニケーションのハブにしながら全員で議論を重ねていくことで、それぞれが無意識に持っているバイアスを可能な限り排除していくことができました。
特に特徴的なのが、ビジネスコンサルタントやエンジニア、現場の行員にとどまらず、銀行の経営層の方や地域のお客様までも含めて、その検討プロセスに組み込んだということです。
週次の検討会では、通常は密にやりとりすることが難しい銀行の経営層クラスの方ともフラットに議論を重ねていきました。これにより、特にデザインの大玉論点について議論する場面においては、伊予銀行が10年先も地域に必要とされる銀行であるためにどのようなデザインがあるべきなのかという「銀行の経営層の視点」も組み込むことができました。
また、プロジェクトの中で出てきたアイデアの受容性や、実際に構築したアプリのユーザビリティを検証するための顧客検証では、行員の皆さまのネットワークをフル活用し「地域のお客さま」にも多数ご協力いただくことで、画面上でデザインしているだけでは気づけない、地方プロジェクトならではの発見を多く得ることができました。
いまやデザインはデザイナーだけで行うものではありません。
特に今回のように「ターゲット=全員」をデザインで実現していくためには、関係者を可能な限りその検討プロセスに巻き込み「みんなでデザイン」していく意識が必要不可欠でしょう。
Point 02 デザインを「翻訳」する
ポイント2つ目が、「デザインを『翻訳』する」ということです。
「みんなでデザイン」というのは非常に聞こえの良い言葉ですが、この「みんなでデザイン」を現場で実現するのは容易なことではありません。
プロジェクトに参画しているメンバーそれぞれの専門性やバックグラウンドが異なるからこそ「そもそも会話が成立しない」「自分の想いが全く理解されない」ということが往々にして発生します。
この問題を解決するには、デザインを相手が理解できる言葉に「翻訳」していくことが重要です。
このプロジェクトでは、デザインの良し悪しを議論する際に、デザインのポリシーや意図を徹底的に言語化(ドキュメント化)しながら議論を重ねることで、デザイナーもそうでない関係者も、全員が同じ目線でロジカルに議論していくことができました。
このプロセスは一見遠回りにも思えますが、
デザインが「感性」ではなく「ロジカル」なものであるということが関係者に伝わり、デザインの専門知識がない方々でも議論に参加しやすくなる
言語化の過程で、自分の考慮不足(ロジックの抜け漏れや矛盾)に気付くことができる
一度ドキュメント化してしまえば、デザイナー不在の状況下においても、デザインのポリシーや意図の共有が可能になる
など、長期的に見ればトータルのコミュニケーションコストを大きく下げることにつながります。
非デザイナーの方々への「デザインの伝え方」に苦労されている方は是非一度試してみてください。
Point 03 相手の「正義」を理解する
最後にポイント3つ目が、「相手の『正義』を理解する」ということです。
我々デザイナーが現場でやってしまいがちなのが、デザイナーがデザイナーの論理で一方的な提案を行うことで、プロジェクトに参画している非デザイナーの方々からの予期せぬ反論や反発を招いてしまうということです。
自信持っておこなった提案が全く受け入れられず、関係者が多い故に議論も紛糾し、最終的にはその場にいる声の大きい方の意見で決まってしまう…なんてことに悩んだデザイナーも少なくないのではないでしょうか。
デザイナーにとって正しいことが、非デザイナーの方々にとっても同様に正しいとは限りません。また、仮にデザイナーがどんなに良い提案をしていたとしても、その提案が自分の「正義」に反するものだった場合、反発したくなってしまうのが人間です。
この問題を防ぐためには、まず相手の想いを傾聴し、相手の「正義」を理解した上での提案を心がけることで、相手に建設的に議論する態勢を作ってもらうことが非常に重要です。
各関係者が一体何を重視している人なのか、相手の「正義」をどれだけ正しく理解しているかによって提案のやり方も変わってくるため、事前に議論に参加する全員の正義を把握した上で、相手が受け入れやすい伝え方ができるように準備をしておくべきでしょう。
過去のこちらの記事でも記載している通り、デザインとしてのクオリティはプロとしてある一定のレベルを超えてくると、非デザイナーの方々にその違いを実感してもらうことが徐々に難しくなっていくという側面があります。
そのため、デザイナーとしての信頼というのは、そのアウトプットのクオリティもさることながら、相手の正義をどれだけ深く理解しているかで決まるといっても過言ではありません。
相手の想いを傾聴する過程で思いもよらぬ発見があり、デザインがより良いものになっていくことも非常に多いため、提案の際にはデザイナーの正義を一方的に振りかざすのではなく、「傾聴からの提案」という流れを是非意識してみてください。
インクルーシブデザインは「当たり前」の積み重ね
以上、インクルーシブな「プロセス」を実現する方法として、今回は3つのポイントについてお話をしてみました。
中には「当たり前」と思われるような話もあったかもしれませんが、今回のトークテーマでもある「インクルーシブデザイン」というのは、まさに「みんなを巻き込んだ「当たり前」の積み重ね」だと思います。
年齢/性別/専門性/リテラシー/正義など…バックグラウンドが異なる多種多様な人々が壁を作ること無く本気で意見をぶつけ合った先にこそ、あらゆる人たちの目線が取り入れられたインクルーシブなデザインが生まれるのではないでしょうか。
本記事が1人でも多くの方にとって、「みんなでデザイン」という一見「当たり前」だけど継続して実践するのは非常に難しい取り組みにチャレンジする一助になれば幸いです。
この度は貴重な登壇機会を頂き、ありがとうございました。
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